祐親の墓

伊東の始祖である伊東祐親公は、祐親公の菩提寺である東林寺から数百メートル離れた高台の墓所に眠っています。
平安時代末期に伊東の地を治めていた祐親公は、源頼朝の旗揚げの際に平家方として戦い、破れました。
その後、娘婿である源氏方の武将三浦氏が頼朝に助命嘆願しましたが、それを潔しとせず自刃して果てました。

東浦路古道の整備

その昔、伊豆半島東海岸に沿って下田へ向かう道「伊豆東浦路」今でも所々に古道の名残りが残されています。
中でも赤沢「血塚」周辺は、平安・鎌倉時代に伊東祐親父子が巻き狩りの帰りに襲撃された場所。
長年の歳月に埋もれ、消えゆく寸前だった古道を整備しました。耳を澄ませば、往事の武者の足音が聞こえて来るようです。

曽我物語発祥の里 あじさい公園植樹

平安時代末期、曽我物語の起源となる伊東祐親父子襲撃事件の現場となった伊東市赤沢にある「血塚」
今はひっそりとした佇まいの中に、苔生した石塔が祀られています。
この歴史的な地を「曽我物語発祥の地」と名付け、様々な種類のアジサイを植えて、アジサイ公園として整備し、初夏には訪れる人の目を楽しませてくれます。

血塚 石積み補修工事

曽我物語発祥の現場となった「血塚」
石塔周辺に鬱蒼と生い茂る杉林や苔生す石積みは、訪れた人に歴史を感じさせます。その石積みも積年の風雪に晒され、杉の大木の根に脅かされ、数カ所で崩れる危険性が出てきました。
この歴史遺産を保存し、後生に伝える為に石積みの解体・再構築を行いました。

朝日山(五郎・十郎・祐泰の墓)階段と手摺り設置工事

伊東の歴史散策にとって東林寺・朝日山・祐親公の墓所の3ヶ所は、重要な歴史スポットとなっております。中でも東林寺境内に隣接する朝日山は、徒歩5分程度の小高い山。つづら折りの山道を参拝者が安全に登ってもらうべく、要所に木製の手摺りを設置しました。
参拝者が、登り終えた後の爽快な深呼吸を味わって頂くために。